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2008年度の講習会を振り返って~JOBAの理念

【対談者】
前島宏明 : 93年よりJOBAで帰国生の大学受験指導を担当
余語崇夫 : 98年よりJOBAで帰国生の大学受験指導を担当

前島:2009年度の講習会について考えるに当たって、まず今年の―と言ってもまだ進行中ですが―講習会について振り返りたいと思います。特に印象に残ったことには何がありますか。

余語:そうですね。いろいろありますが、ひとつは生徒間の力のつき方の違いですね。僕らの目の前に来る前にもともと持っていた素養というのも個人差が大きいのですが、それ以上にその後の取り組みの違いがどれだけ成果を左右するかということを改めて実感しました。まあ、その取り組みの違いも学ぶ姿勢としてもともと身についていた素養とも言えると思うのですが。

前島:同感です。今年は、そういうもともと身につけていたものを、何とか変えられないのかということで悩んだ年だと思います。振り返ってみると、7月からたびたび「大きく成長するためにどんな計画を立てるか」とか「化けるのに3ヶ月かかる」とか、見違えるほど成長するというような意味のことをキーワードとして語ってきたのですが、「化ける」ための方法論をあらかじめ十分練り上げていたわけではなかったし、自分が今年何をしようとしていたのかを早稲田入試が迫ってきた8月中旬になってやっと意識した、という面がありました。

余語:でも、大きく成長してもらうことを目指す、というのは、もともとこの講習会の基本姿勢みたいなものですよね。

前島:そうです。JOBAに来なくても受かって当然、というようなケースではないものにこそ、力を注いできたわけです。ただ、数年前までは、その成長は良いカリキュラムや考えさせる授業を用意できていれば、何とか実現できると思っていた部分があったんですね。だからこそ、考え直してもらうための添削指導を重視して、小論文が返却されたらこちらからのコメントを読んで再考し、書き直して提出するようにしつこく言っていたわけです。

余語:しかし、今年、なかなか思うように伸びてこないということで、どう指導していったらいいだろう、と考え込んだケースというのは、たいてい書き直した小論文のクオリティが低かったというか、もとの小論文とあまり変わらなかったですね。内容や表現はもちろん変化がありますが、論理性とか、考察のレベルという点で。

前島:ああ、本当にそうでしたね。書き直しの小論文を見て、こちらの伝えたかったことがきちんと消化されているな、ということで安心し、そのうちそれが書き直しではなくて、最初からそのレベルで仕上がってくる、という過程をイメージして指導しているのに、その始めの段階でつまずいているんですよね。これについては、論理的に考察することを促す、とか、訊かれていることにきちんと答えるよう求める、といった形で、小論文の基本的な部分の徹底をいかに図るかを考えて取り組んできましたが、そうした基本に立ち返らねばならない事態が何人かの生徒にたびたび起こっていました。

余語:授業としては、そうした基本の再徹底を何度も行うようなカリキュラムでは、到達点を下げることになります。だからどうしても授業外での個人的な指導ということになってしまうのですが。

前島:授業外での個人的なやりとりというのは、小論文が書ける生徒でも結局生じていますね。授業のさらに先の解説とか、自主的に読んだ本のこととか。

余語:確かに。そういう個別性もこの講習会の基本姿勢でした。

前島:個別性を重視することによって大きく成長してもらうことを目指す、というやり方でした。個々の生徒に教師が考えるきっかけを与えて、生徒は考察や調査などの学習を通して成長する、というものです。この学習が気の進まないものであれば大きく成長できないので、面白くて考えてしまう、とか、興味があるので調べてしまう、という方向で授業をしようと思っているのですが。しかし、知的好奇心だけが成長の原動力ではありません。

余語:今年AさんやBさんが大きく伸びたのは、強い危機感とか向上心によるものですね。CさんやDさんのように、楽観的で競争心のようなものをほとんど感じさせないのに、考えるのが面白いから、ということで割とすぐ質の高い小論文を出せるようになった人もいました。

前島:そういう個々のタイプの違いも考えて指導する、という意味での個別性もこれまで同様必要だと思うのですが、個別性が教師対Aさん、教師対Bさん、となるような形だと生徒の成長に対し教師の力量の限界が限界を作る面もあると思いますし、教師の仕事としても、グループ指導の面白さのある面を損なってしまっているかもしれません。 それに、授業外で求められる個別性というのも、もっと授業に反映されていいものですね。教師が喋る量が減る代わりに、授業内容を消化してその先を考えている生徒が授業中にもっと個人的な発言をするとか、読んだ本について生徒が語るとか。または、まあこれはずっとやってきていますけど、問題のある小論文をどう直したらよいかを他の生徒が考えるとか。

余語:生徒間の化学反応のようなものをもっと大きく生じさせるということですか。大きく成長させる、というと、教師側の働きかけが大きくなければいけないようで、ちょっとスタンスに迷いを感じる部分もあったのですが。大学生になるような歳ならどんな取り組みをしようがもうある程度自己責任だろう、とどこかで一線を引いて考える部分もありましたから。しかしそうではなくて、教師が触媒になるということですね。

前島:危機感も薄く、小論文や英語読解の面白さも本当には味わっていない、というのが思うように伸びてこない生徒ですが、これは入試や学ぶこと、考えることがどこかで微妙に他人事なんだと思います。教師はある意味で出来て当たり前の別世界の人で、若さを失えば失うほどそうです。しかし隣の席の生徒が自分と違えば刺激になるし、翻って自分を見つめるきっかけになります。そういう刺激をどう授業に織り込んでいくかを来年は形にしたいですね。

余語:対教師という意味での個別性というのは、添削指導の場で実現できるわけですしね。グループ指導の利点は、自分の位置がわかることや、他生徒の存在が刺激になることだ、とよく言いますが、その刺激の意味を捉え直す年にするわけですね。具体的にどうしましょうか。

前島:アイディアはたくさんあります。数ヶ月でじっくり練り上げましょう。

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