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カラヤン 帝王の世紀 孤高の天才指揮者、波乱の100年 (宝島社新書 266) (宝島社新書 266)

宝島社
¥ 735
平均評価:

購入者の感想です

カラヤン年表(2008-05-17)

カラヤンがどういう時代を生きたのかを、ざっと知りたいという人にはいいかもしれない。
しかし、本当に年表であり羅列であるので、カラヤンその人を知りたい場合は他の評伝を読むべきだろう。写真などが一切ないのも残念だった(諸処の事情で使えないのかもしれないが)。

「帝王」の生涯とその前後108年を年表形式でまとめた本。(2008-05-11)

何気なく読み過ごしてしまうタイトルに筆者の並々ならぬ意図が隠れている。「『まえがき』にかえて」に、「『二十世紀を代表する人物をひとり挙げよ』という命題への回答として、レーニンでもヒトラーでもスターリンでも毛沢東でもなく、あるいは、アインシュタインでもピカソでもビートルズでもなく、カラヤンを挙げたい。」と記されている。
さて、筆者の意気込みは190ページしかない新書版では十分に伝わってこなかったが、1901年(二十世紀の初年度)から2008年(カラヤン生誕百年)の百八年を、各年を小見出しとして時系列に並べたところに特徴がある。

1954年にフルートヴェングラーが死去すると、カラヤンは翌年ベルリン・フィルの首席指揮者に内定する。以後の活躍はここに書くまでもない。筆者は2000年の来日公演を評してこう語っている。「一九五〇年代後半のカラヤンは、二〇〇〇年のアバド(ベルリン・フィル)、小澤(ウィーン・フィル)、ムーティ(スカラ座)、アシュケナージ(フィルハーモニア)の仕事をひとりでこなしていた――あるいは、四人分の権力を握っていたのである」と。

1936年にソ連共産党機関紙に突然批判され一夜にして失脚するが、1942年初演の交響曲第7番ではスターリン賞が贈られ、ロシア共和国の功労芸術家になったのは、同世代の作曲家ショスタコーヴィッチである。筆者は、「(カラヤンの生涯は、)狂気の独裁政治のもので生涯を送ったがために平穏な生活を望み、表向きは戦うのを避け妥協しつづけることで生き延びながら、曲を書き続けたショスタコーヴィッチの生涯とは、まさに表裏の関係にある」とまとめている。

「アダージョ・カラヤン」は死の5年後(1994年)にヨーロッパで大ブレークし、全世界で五百万枚売れた。そして2008年を迎えカラヤン生誕百年記念の出版物が相次いでいるという。日本であまり話題とならないのは寂しい限りである。

悪ノリし過ぎた便乗本(2008-04-10)

カラヤンあるいは音楽界の年表というのは簡単に手に入る。通常の歴史年表においては尚更である。本書は、両者を組み合わせ、単に平文に直しただけの、実にお粗末な本である。

他社から出した「カラヤンとフルトヴェングラー」「カラヤン帝国興亡史」を準備する際にまとめた資料を、そのまま文章化しただけではないかと憶測する。同じ表現が何カ所か出てくるし、文章はほとんどが過去形で互いのつながりが乏しく、著者の表現意欲はごく一部の記述を除きまったく感じられない。典型的な「羅列」である。これで各文が改行してあれば「箇条書き」に他ならない。

歴史の流れを一望するのに、本書が多少の意味をもつこともあろう。しかし、こんな落ち穂だけで商売するとは読者をなめていると思うし、他社作品の下準備のための資料(らしきもの)をありがたがって出版する方も出版する方だと私は呆れつつ思う。カラヤン生誕100年の悪しき便乗本、と総括したい。
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