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新書のご案内

寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)

筑摩書房
¥ 798
平均評価:

購入者の感想です

日本史の空白部分を埋めてくれた本(2008-10-19)

1070から1588年までを著者は「中世」としています。著者の指摘するように、この時代について日本史の教科書では「幕府と朝廷」といった政治の話が主体でした。そのため戦国時代への移行に不自然さを感じていました。
しかし本書では経済や文化といった面から500年間の流れを示し、ダイナミックな歴史の筋道を示してくれます。特に「境内都市」という社会形態は説得力があり、宗教や寺社など、歴史を理解するのに現在の常識のままでは通用しないことがよくわかりました。またその違いを知らないでいては歴史を流れとして捉えることはできません。そういった意味で本書は私の日本史の空白部分を埋めてくれた本といえます。

勉強になりました(2008-09-01)

月並みな感想ですけど、ありのままの歴史が一番面白いなと再認識しました。
最近はやたらと、過去を美化する風潮(武士道礼賛、日本人の美徳は〜である。など)があって、どうかな・・・と思っていましたが、美化などせずとも日本史は十分、魅力的だと思いました。
戦争を仕掛ける寺社、石仏破壊をする人々、課税されない土倉、人殺し貴族・・・。
現代のイメージからはかけ離れています。

「日本文明と文化の大半は中世寺社から生まれたのだ。」
井沢元彦氏などは、比叡山など中世寺社などを既得権益の塊のようにしか書いていなかったので、この言葉は新鮮でした。
国家の支配を受けない無縁世界のエネルギーはすさまじく、この時代は権力者側の視点からだけでは到底、歴史を語ることができないようです。
勉強になりました。おススメです。

日本の中世に対する見方を変えてくれる(2008-08-18)

 高校の日本史、世界史を思い出すと、日欧の中世における一つの大きな違いを思い出す。それは、宗教勢力の社会での影響力である。欧州では、ローマ教皇が政治的・経済的に強大な権力を持っていたと教わったのに対し、日本では、専ら一向一揆しか思い出せず、武士勢力が日本全土を強固に支配していたとのイメージがある。高校生だから、この違いがなぜ生じるかなどを考えたことはない。
 この本を読んで全く見方が変わった。日本でも、中世(この本では平安末期から豊臣秀吉の刀狩りまでの5百年を指している。)の大半においては、武士勢力の支配は限定されており、比叡山、高野山などの寺社の領地や、町衆の自治都市(著者は、この双方を「境内都市」と呼ぶ。)には、裁判権、課税権は及んでおらず、その結果として、これら境内都市においては、権力支配のしがらみから自由になった「無縁」の民を中心に、自由な文化が発達した、と著者は説く。これは、世界史で習ったヨーロッパの都市国家と基本的に同じである。日欧で違っているのではなく、同じなのだ。
 のちに、刀狩りにより、民衆は武装解除され、権力への抵抗権を失った。寺社勢力も、「葬式仏教」などに後退してしまった。これが、日本史の「近世」(安土桃山時代から江戸時代)である。私たちは、世界史では、中世ヨーロッパは「暗黒時代」、ルネサンスに始まる「近世」は人間文化の時代と教わる。日本でもそうだろうと、無意識的に思ってしまう。よく考えてみれば何の根拠もない。どちらが人間が自由なのだろうか?
 考えてみれば、政治はともかくも、経済は連続的に発展を続ける。江戸時代の経済の繁栄は、中世の経済の発展の上に積み重ねられたものだ。中世が終わって途端に「近代」的な時代が始まったわけではない。こうした認識が私たちになかったのは、著者が言うように、学校で教わる日本史が政治史だけで経済史がないからだ。鎌倉幕府と室町幕府で社会が大きく変わったかどうか疑問だ。自民党政権と民主党政権のようなものかも知れない。続編を期待したい。

「優しさ」で力を得た中世の第三勢力(2008-08-17)

高校時代に網野善彦「無縁・公界・楽」を読んだが、ほとんど理解できなかった。親に庇護された状態では「無縁」という概念を理解できなかったのではないか、と本書を読んで思った。本書は「無縁」について、網野の書を起点にしつつも、さらにスケールを広げ、「無縁所」の視点で大寺社を論じた。

本書の冒頭でも紹介される(網野と著者の概念に多少の相違はあるが)「無縁」とは、それまでのあらゆる人間関係が断ち切らる代わりに、国家権力が直接には及ばない社会を指す。中世では主に寺社がその役割を担った。あらゆる知識を集積する知的社会であるとともに、幕府を凌ぐ広大な領地から収入を確保する一方、天皇・貴族の参詣もあれば犯罪者・困窮民も受け入れ、寺社の運営は平民上がりの僧が担う、フラットな社会でもあった。逃げ込む場所であったために、歴史に対して能動的ではなかったため、歴史の主役ではないが、確かに当時の社会の中心ではあった。幕府も朝廷も、中世の権力は税を取るばかりで何もしてくれない、すべて「自己責任」という無責任な権力だ。自らの命ですら自らが守らなければいけない、自立の代償は想像を絶する。それだけに、駆け込めば庇護してくれる「優しさ」を持った寺社の存在感は大きかったのだろう。

著者の説が軸になってはいるが、日本史の論点の一つでもある中世の権力構造論について、わかりやすく議論されている。
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