購入者の感想です
真剣な検討に値する(2008-04-14)

司法関係のテーマで執筆を続ける作家による、刑事司法についての積極的で大胆な提言。
本書以前に出版された『罪と罰、だが償いはどこに?』をトーンを変えて提示したかっこうです。
社会が犯罪に対処するにあたって、「更生モデル」が機能していないこと、かといって一方
の「正義モデル」も問題があることを示し、第3の「賠償モデル」を提示しています。
犯罪加害者が税金を使って手厚く保護される一方で、司法の場で述べられる「一生かけて償い
ます」との宣誓は果たされることがなく、被害者は自力で苦しい「その後」を生きていかねばな
らない。じゃあ、償ってもらおうじゃないか、と(拍手!)。
迂闊な重罰化論や安易な死刑容認論や感情的な(と言ってしまうのは本当に申し訳ないが他
に良い言葉を思いつけないので)犯罪被害者救済論には慎重に対すべきだと思っていますが、
しかし(だからこそ)、私は、本書の提言は真剣に検討するに値すると思っています。
ただ一点だけ。
「人権」は“対国家”という方向性のものだから、加害者と被害者の間では問題になり得ない、
という理路は疑問。どのモデルで犯罪に対応するにしても、具体的なアクションの主体は“国家”
でしかあり得ないのではないかと思えるから、どこまでも著者が捨象できるとした意味での
「人権」は問題にならざるを得ないかと。そこは簡単にはいかないのでは?と思いますな。
しかし、それは本質的はなく、「賠償モデル」の制度としての可能性こそ検討すべきかと。
繰り返しますが、むしろ安易な重罰化や胡乱な死刑容認論への反論としても、著者の主張
する「賠償モデル」は有効だと思います。
関連する行政機関の真剣な検討を望みたい一冊(マジで)。
もう少し細かい検証が欲しい(2007-10-03)

現在、日本の刑務所では、犯罪者の「教育」が日夜行われている。しかし、犯罪者の「教育」をしても、高い効果が期待できるとはいえないし、また、被害者は救われない。犯罪者「福祉」社会を見直すべきである。
本書はまず、アメリカにおける「犯罪者更生モデル」から「犯罪者隔離モデル」への変遷を記し、その後、日本での「更生モデル」の批判…へと話を展開させる。
著者の言うことの多くの点について賛成と思うところは多い。例えば、被害者救済のためには、加害者の人権に制限を加えるのも仕方が無いと言う点。刑務所労働の効率化を行い、その賃金を被害者への賠償へ回すべきと言う点。また、いじめについて厳正な対処を行うべきだと言う点など。
ただ、全体的に検証が弱いと感じる。
例えば犯罪者の人権を制限すべきだ、と言う部分ではミーガン法を適用し、より強固な監視社会へ進むべき、と言う。著者自身、「彼らはまともな職にはつけなくなる」と言うが、そうなると彼らは食べるために犯罪に走る可能性はないだろうか?
また「賠償モデル」の切り札を民営刑務所と言うのだが、著者自身、アメリカの民営刑務所で様々な問題が噴出していることを述べている。だが、その克服について提言しないまま日本へ持ち込むことを提案している。しかも、民営刑務所は経営が成り立たなければ成らない。その点について著者は「安い労働力を国内で供給できるから大丈夫」としか述べない。だが、浜井浩一氏の著書などによると、現在の日本の刑務所では「高齢者」「外国人」「暴力団関係者」ばかりが増えてしまい、「健康な若い受刑者」の不足が問題となっているという。もう少し細かい検証が必要だろう。
本書は、全体的に、いくつかの事件の事例を出して「こんな問題がある」と言うことを示して話を進める。それ自体は説得力があるのだが、詳細なデータなどが少ないため、どうも全体的に実効性が低く感じられてしまう。
民刑併合の裁判制度を望む(2007-08-18)

著者は以前に『罪と罰、償いはどこに?』という本を書いていますが、
本書の内容の大部分はそのupdateのようです。
さて、内容としては、
1、犯罪者の中には嗜虐性の高いもの、あるいは性犯罪者などのように累犯性の高いもの
があり、彼らの心理を常識人が理解したり、矯正することは難しいこと、
2、よって、戦後のGHQの置き土産である「教育系」の考えよりも、
それ以前の「懲罰系」の理念に戻るべきこと、
3、これによって、被害者は迅速な損害賠償を加害者に対して求めることができ、
さらに労働刑務所などの設営によって、被害者救済を図るべきこと、
などが書かれています。
日本の刑事制度はあまりにも「加害者の人権保護」に手あつ過ぎて、
被害者を置き去りにしているという事実からは、
まさに加害者の強制労働というのは、将来の犯罪の抑止にも重要だと思います。
いうまでもなく、2200億円の刑務費用も、民営の強制労働によって不必要になります。
僕の考えでは、そもそも警察費用はすべからく犯罪者に負担させるべきであり、
一般市民が税金として支払うべきものではないのではないでしょうか。
なぜ、犯罪をしない一般市民のお金で、さらに犯罪者の更生までしようとするのか?
ここに、お気楽な理念の運用と、刑務官という特殊利益の構造を見るべきです。
犯罪者への怒りが沸く(2007-07-30)

著者は「犯罪者の本質的な犯罪性は更生プログラムでは変わらない、刑務所内労働を通じて、徹底的に犯罪者から賠償させ、厳罰化させていくことが必要だ」と従来から指摘している。本書はその主張をわかりやすく示した本だ。読んでいると、ひどいことをしておきながら、刑が終わればのうのうとしている犯罪者への怒りがふつふつとわいてくる。
教育刑というモデルを導入したのは、GHQのアメリカだったが、持ち込んだ当のアメリカは相次ぐ大量殺人の末、30年前に厳罰化へ舵を切った。(たとえば強制わいせつを繰り返した男は、去勢された上四半世紀も刑務所暮らし。カリフォルニアでは3回暴力犯をすれば原則終身刑)。持ち込んだ当の国では、すでに破綻している理念をなぜ今でも維持しなければならないのかという著者の疑念(というか怒り)は大いに理解できる。
刑務所の労働は教育刑なので、採算など考えないのだという。しかし、いくら更生第一とはいえ、6万人の囚人がいて、収益が60億円しか上がっていないというのはおかしな話だ。民間であればその100倍の収益が出てもおかしくないはず。ただ、著者は囚人に週60時間労働を課すことを提案しているが、労働基準法の兼ね合いで無理ではないかと思うが。本書を読むと、著者の考えを実行してほしいと思わずにはいられない。
究極の功利主義(2007-07-29)

筆者の反人権論はきわめてユニークである。
人権派の大いなる勘違いがいまの日本を犯罪者福祉国家に仕立てて
しまったという「人権誤解論」はフランス革命に遡って論証してお
り、目からうろこの新説であった。歴史の授業ではけして教えてく
れない(火縄くすぶるバスチーユと年号を覚えるだけが歴史の勉強
ではないのだ)。
これまで人権派を攻撃する人々は倫理とか報恩とか右翼的な精神論
をもちだしていたが、筆者の立場はそうした伝統主義とも一線を画
している。本書をつらぬくのはウルトラ・プラグマティズム(究極
の功利主義)である。本書が提案するいじめ撲滅や被害者救済の手
段は「現実の実効力」が最優先されており、旧来の人権派には想像
すらできない「突き抜けた方法」ばかりだ。正義を実現するのは本
書の功利主義か旧来の人権主義か、真剣に考えさせられた。