購入者の感想です
深い内容と読みやすさの融合した傑作(2008-09-26)

最初に、この本は日本人が書くものとしては、
異例に多くの哲学的、科学的な分野に関連しており、
かつ私がこれまでに読んだ本の中で
最も素晴らしく平易でわかりやすいプレゼンテーションをしている点で最高である。
著者は1、論理的なゲーデルの不完全性について造詣が深く、
著名な論理学者であるスマリヤンの翻訳も手がけている。
しかし、2、本書では社会科学的な民主主義の決定不可能性、
さらに3、量子力学的な不確定性、ならびに科学理論の相対主義、
などについても筆をすすめ、3部が一体となって素晴らしい入門書となっているのだ。
社会科学では、アローによる不可能性定理が有名だが、
これは一言でいえば、
「民主主義における決定方法では、推移律その他の
常識的に望ましいと思われる性質のすべてを満たせない」ほどのものだ。
これは「決め方の原理」などの有名な本も参照にすればわかりやすいかもしれない。
ついで、現代社会科学の基礎である、ゲーム理論とナッシュ均衡が説明される。
量子力学では、物体の位置と運動量を完全に知ることはできないという
ハイゼンベルクの不確定性が有名だが、そういった古典解釈を超えて、
量子力学の意味する相補性から生じる情報伝達のEPR矛盾、
さらには多世界解釈が説明される。
同時に科学という試みのもつ客観性についても、ポパーからクーン、
ファイヤーアーベントへと続く論争が解説される。
ゲーデルの不完全性定理については、よく知られた形では、
「この文章は間違っている」というような自己言及を許すような形式システム、
(これは数学体系を含めて、実質的にほとんどすべての論理体系のこと)では、
決定不能な命題が存在することを意味している。
これももっと詳しくは類書を読めばいいのだろうが、それをチャイティンの定理など
もっと新しい発見とともに論理学の限界として提示している点が新しい。
しかし、この本の素晴らしさは、これらの人間理性の限界がそれぞれ独立しているのではなく、
まさに量子的な「絡み合った状態」にあることを、興味深く示唆している点だろう。
特に、ナッシュ均衡の持つ合理性、つまり、相手の行動の予見を無限に繰り返すという
人間の信念の体系における無矛盾性と
タルスキー、スマリヤン的な、論理体系の持つ不可避的な矛盾性などとの関係を
論じている点は素晴らしい。
これはもう、単なる啓もう書ではなく、学問書に昇華し得る指摘であると思う。
私は科学的な知識というのは、今後も無限に進歩し続けると信じる素朴科学主義者だが、
理性的な企ての持つ根本的な矛盾を考えさせられる点で、
また、できれば私自身がいつか書いてみたいと思っていたという意味で、
すべての人にお勧めできる出色の書籍だ。
やや消化不良。。。(2008-09-07)

合理的選択、科学的認識、論理的思考の3つの題目にそって
それらがほころびのようにみせる決定不可能性について、
アロウ、ハイゼンベルグ、ゲーデルをネタに「理性の限界」
について概観じたもの。あくまで雰囲気ですよ。オリジナル
の定理/原理の本来の内容は、本書ではあまり深くはふれま
せん(またそれを目的としたものでもないです)。
切り口はちがえど、どうしてそのような非決定性、非確定性
へと至ってしまうのか、そのことが何を意味しているのかを、
あらためて考えてみるとき、論理と世界についての捉え方や、
そもそも考えようとする意志そのものの過剰性にについて、
思いをめぐらさざるをえなくなる。
いろんなパラドクスも紹介されてて、そういう意味で面白い
いい入門書だと思えます。
知性の限界を提示してくれます。(2008-07-27)

常々、「思考の限界」に興味があったので買ってみた。
読んで気になったキーワード、感想などを以下に。。
【キーワード】
・アロウの不可能性定理
・完全に民主的な社会的決定方式は存在しない(※1)
・ハイゼンベルグの不確定性定理
・シュレディンガーの猫
・相補的解釈
・ゲーデルの不完全性定理(※2)
・抜き打ちテストのパラドックス
【雑考】
・不確定性原理あたりで、某アニメの
「人間原理という言葉をご存知ですか?」
というセリフを思い出した。
・ゲーデルの不完全性定理と抜き打ちテストの
パラドックスとを絡めてくるとは意外だった。
・ウィトゲンシュタインの論理哲学論考なども
絡めると面白いのではと思った。
【総評】
・3つの異なる学術領域における「限界」を
「知性の限界」ということでまとめ上げている。
すばらしい着眼点!
・複数の人物の対話形式となっていて読みやすい。
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【参考】
※1 どんな選挙方式を用いても望まない結末になり
うるということ
(例)選挙で候補A、B、Cがいて、
候補A 30万票
候補B 28万票
候補C 27万票
の大接戦だったとする。
この選挙ではAが当選するが、候補Cに投票した
有権者の9割が候補Aと候補Bなら候補Bを選ぶ
つもりだったならば、候補Aの当選は民意を反映
したことにならない。
(数理計画法にこんなかんじの話があったような
気がするなあ)
※2 簡単に言うと、
「誰しも自分自身の主張が矛盾していないことを
自分自身で証明できない」
・・・ざっくり過ぎて不正確かもしれないが、
ニュアンスはこんな感じだと思う。
知の最前線(2008-07-13)

様々な立場の人たちによる「理性の限界」をテーマとしたシンポジウム、という体裁をとっています。
まずは、わかったつもりでいて実は正確には理解していなかったことに気がつかせてくれた点に感謝したいです。
例えばクーンのパラダイムシフトという考え方。私はなんとなく「パラダイムシフトすることで少しずつ真理に近づくのだ」と思っていた節があるのだが、そもそもクーンはそんな風には言っていないのだ。天動説より地動説が真理に近いわけではないし、相対性理論がニュートン力学より真理に近いわけでもない。ほら、目から鱗でしょ?(私だけ?)
というのは「第2章 科学の限界」からのお話ですが、やはり圧巻は「第3章 知識の限界」でしょう。かの有名なゲーデルの不完全性定理を素人にも理解できるように話を進めているけれど、わかったつもりにさせてしまうところはすごいです。正確には理解できてないと思うんですけどね。
「テューリング・マシンの限界」から「ゲーデル・チャイティンの不完全性定理」の説明にいたるあたりは必読ですね。まさにこの辺が知の最前線、という気がします。
ということで、知的好奇心を十分に満たしてくれる本でした。
最初は「馬鹿っぽい出場者たち」にうんざりしていましたが、読み進むにつれて愛着がわいてきます。最初はどちらかといえば無知の代表者のように描かれていた「会社員」が最後のほうでは驚くべき理解力を示したり、まあ、ちょっと不自然なところがあるのは否めませんけどね。また、全編を通してカント主義者が道化役として出てきますが、実は結構するどいところを突いていて、なんとなくではありますが、カントが現代哲学への大きな転換点になっているような気がしました。ところで「運動選手」って、結局何者だったんでしょう?もしかして「神」の道化した姿?深読みのしすぎか。
衝撃の感想!(2008-07-04)

完全な民主主義が無いことは知っていたけれど、その証明については初めて読んだ。チキンレースの論展開は痛快だった。バカな方が勝ち、というのは、若者の複雑な精神を反映していて面白い。神の不完全性を説く場面を読んだ時は、わくわくして、もっと早く読めないか、と焦れったくなった。とりわけ衝撃を受けたのは第2章だった。「科学は一種の物語である」という言葉に鳥肌が立った。首筋から背中にかけて、もう一つ目が開いたような感覚だった。
この本は、架空のシンポジウムを舞台にしているのだから、「小説」と受け取ってもいいと思う。論文でも参考書でもない、会話だけで物語が展開していく、喩えるなら赤川次郎を彷彿とさせるような小説だ。そうだとすると、信じるも信じないも、どの程度信じるのかも読み手の自由だ、という方法論的虚無主義者の発言を読み流させずにふと考え込ませる為の、大掛かりな仕掛けが施されているのではないか。しっかり引っ掛かっちゃったぞ。
此処まで考えて、これも結局自分という小さな宗教に捕われているに過ぎないことに思い当たった。自己完結しがちな私でも、カント主義者の発言を読んでいると、カントを語りたいだけなのではないか、と感じることが多かった。それは、一つの見解に凝り固まってはいけないことの好例だと思う。自分を客観視する視点が、少し定まった気がする。司会者にまで軽く流され続けたカント主義者に感謝だ。
私はまだ、自分の理性の限界には辿り着けていない。何せ、この本を完全には理解できていないことが解っているのだから。それにしても、読んだからと言って、鼻高々になれない本だ。上へ上へと下降していく奇妙な錯覚に陥る。極めた気になれないのだ。もっと突き詰めて考えてみたくなる。自分対自分の知恵比べをしてみたくなる。その内、今までの限界を超えることができるかもしれない。すると、また次々と限界の薄皮一枚先が現れていく・・・。